2ヶ月半寝たきりになって分かったこと|ハーブの発信で「正解を教えない」という選択をした理由

 

ハーブの発信をしていて、
ずっと、どこかでモヤモヤしていたことがありました。

 

それは「薬機法」という言葉に代表される、
発信に制限をかけられているような感覚です。

「これは言っていい」
「これは言ってはいけない」

まるで、大切なことほど言えなくなるような、
そんな息苦しさを感じていました。

 

でも最近、インスタグラムのDMを見ていて、
はっとしたことがあります。

こちらが
「このハーブは〇〇に効果があります」
と書いたとき、

次に必ず来るのは、
「じゃあ、私のこの不調の場合はどうなんですか?」
という質問。

ここで、気づいたのです。

 

こちらが効能を限定すればするほど、
読む人は正解を探し始めるのだと。

そして、

・自分は当てはまるのか
・間違った選択をしていないか
・効かなかったらどうしよう

そんな迷いや不安を、生んでしまうのだと。

ハーブも体も「正解はない」

 

ハーブには、正解はありません。

本に書いてある効能は、
あくまで「そういう傾向がある」という話です。

 

実際には、

・本に書いてある通りの変化を感じることもあれば
・まったく違うところに変化を感じることもある
・何も感じないこともある

それが、人の体です。

 

私は、ハーブを学び、使い続けてきました。

それでも、つい最近まで
2ヶ月寝たきりになり、
3ヶ月ほとんど外出できなかった時期がありました。

 

正直、このことは、
ずっと発信できずにいました。

「先生なのに?」
「ハーブをやっているのに?」

そう思われるのが怖かったからです。

 

そして自分自身も、
「なんとかしなきゃ」
「早く元に戻らなきゃ」
と、焦っていました。

でも、今ははっきり言えます。

 

ハーブを摂っていたら、不調にならない。
運動していたら、健康でいられる。

ではないのです。

 

実際は、

ハーブを摂っていても、不調になる。
運動していても、体調を崩す。

 

人の体は、
そんな単純な仕組みではありません。

体はとても複雑で、
ハーブもまた、とても奥深いものです。

 

本に書いてある効能と違う反応が出ることもあれば、
書いてある通りの変化を感じないこともある。

それは、間違いでも失敗でもありません。

 

「あえて正解を出さない」という選択

だから私は、
「これが正解です」
「これをやれば大丈夫です」
という言い方を、これからはしないと決めました。

 

代わりに大切にしたいのは、

・使ってみて、どう感じたか
・自分の体は、今どんな反応をしているか
・続けたいか、やめたいか

自分の感覚で判断する力です。

 

ハーブにも、自分にも、正解を作らなくていいんです。

効いた・効かなかった
合う・合わない
正しい・間違い

という白黒で判断せずに、
そのの間にある、グレーをゆるすこと。

そこにこそ、
ハーブと長く付き合っていくヒントがあると、
私は思っています。

 

先生や、講座をされている方へ

もし、

・何を言っていいのかわからない
・効能を書かないと伝わらない気がする
・発信が怖くなってしまった

そんなモヤモヤを感じていたら、
「正解を教えない」ということを、
一つの選択肢にしてみるあり方もあると思います。

 

なぜなら、ハーブの魅力は、効能だけではないからです。

・ハーブを使って、気持ちが癒されていく感覚
・ハーブの香りをかいで、ふっと緩む感覚
・ハーブを飲み続けていたらうれしいことがあった

そういった部分を言語化していくことも
ハーブの発信のひとつのやり方なのではないかなと思います。

 

この文章が、何かの気付きになればうれしいです。